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eコマースの世界を変えるアスクル・モデル
■伝統の枠組みから脱却
文具や事務用品と言えば、だれでも目にしたことがあり、また利用する機会も多い商品である。このような、それほど“珍しくない”商品を顧客に提供しながら、躍進を続けているのがアスクルである。同社の2001年度売上高予測は約800億円、そのうちeコマース・サイトでの売上げは215億円に上るという。同社のeコマースを支えているのは、従来の伝統的な業界戦略にとらわれない自由なビジネス・モデルである。
アスクルの母体となったのは1993年、文具・事務用品メーカーのプラスが新規事業として始めたアスクル事業である。命名は、「注文した商品が“明日来る”」というコンセプトに基づいており、店舗や複雑な流通経路を見直すべく通信販売事業を志向していた。1990年代初め、プラスは業界第2位の座にあったが、事業は伸び悩み、業界トップのコクヨには大きく水をあけられていた。その原因が既存の流れのまま脈々と続いていた流通戦略にあると考えたプラスは、新しい流通チャネルを開拓すべく、アスクル事業に打って出たのである。
折しも、バブル経済が崩壊し、売れ筋とそうでない商品にこれまでにない格差が生じていた。また、最盛期には全国で3万店あった小売店が減少に転じるという現実もあった。アスクルの経営戦略を統括する執行役員の小松廣之氏は、「従来の卸、小売りというかたちの流通チャネルでは、効率化の視点が欠けているため、変化する市場のニーズに対応することは難しいと考えていた。われわれの本当のお客様は卸や小売りといった流通業者ではなく、オフィスで働く人々だ。そうした人へ本当の価値を届けるにはどうしたらよいか――。それがアスクルの出発点だった」と当時を振り返る。
メーカーの製品を通信販売で直接顧客に届けるという新事業はこうしてスタートした。それまで当然とされてきた伝統的な販売手法を否定し、それを打破したところにアスクル事業が生まれたわけである。1997年5月、プラスから正式に分社独立。顧客の求める幅広い商品をメーカーから仕入れて提供する総合的な「購買代理業」としての地位を確立し、加速度的に業績を伸ばしていくのである。
■流通の贅肉を削ぐ
それでは、業界で「アスクル・モデル」と呼ばれるアスクル独特の流通戦略とは、どのようなものであろうか。その最大の特徴は、従来の流通チャネルを一度すべて白紙に戻し、新たにエージェント(代理店)制度を導入したことである。チャネルの中にある無駄な贅肉を削ぎ落とし、スリムでフットワークのよい流通構造を構築したわけだ。
文具・事務用品は長い歴史を持つ業界である。そのため、メーカーと顧客との間には、1次卸/2次卸/小売りが厳然と介在し、旧態依然とした流通体系が確立されていた。そしてそうした体系が、無駄な機能を多く抱えることにつながっていたのである。当時のチャネルにおけるそれぞれの役割を考えてみると、メーカーは製造・在庫管理・ 営業・配送、1次卸/2次卸はそれぞれが仕入れ・在庫管理・営業・配送、小売りは仕入れ・在庫管理・営業・販売という機能を持っていた。一目で気づくほど、重複した機能が多かったわけだ。
アスクルでは、この重複した機能を徹底的に一本化している。具体的に言えば、製造はメーカーに任せ、商品の仕入れ・在庫・配送・顧客サポートはすべてアスクルが担当する。そして、顧客開拓と代金回収という機能はエージェントに依託しているのである。
エージェントとして機能するのは全国各地に根を下ろす小売業者など約1,500社。だが、従来の“小売り”の概念を踏襲したわけではない。新規顧客の開拓と、代金回収の業務に関しては、その地域の実情や市場の特性をよく知る業者に任せたほうが効率的であるという確固たる信念に基づいているのだ。
地方に本拠を置く業者であれば、その地方の顧客の業務形態がよく見える。東京からアスクル自身がダイレクト・メールなどによって顧客を開拓するよりはるかに大きな成果が見込めるのだ。また、代金をエージェントが回収すれば、その地域での売上げや回収率がきめ細かに把握でき、顧客開拓のための重要な資料ともなる。
こうしたアスクル・モデルは、ややもすると、従来の販売チャネルから卸業者という中間階層を省いた“中抜き”の流通戦略にも見えるが、小松氏はそうした見方をきっぱりと否定する。
「当社では、流通を機能重視の姿勢でとらえてきた。まず、“お客様にとって魅力的な商品を届けるためにはどのような機能が必要か”を考え、次に“その機能を誰が担当するのが効率的か”ということでエージェント制を編み出した。“役者ありき”という業者重視の姿勢であれば、このモデルは実現できなかっただろう。アスクル・モデルは、外見上は従来の流通構造と似ているところがあるかもしれないが、その成り立ち、DNAはまったく別物と言える」
■顧客の声が示す方向性
アスクルが、顧客に対して提供するメリットは、「迅速かつ確実、そして低価格」である。この3つのメリットは、前述した流通構造の見直しのたまものと言えるだろう。ファクス、インターネットによる24時間の受注体制の確立はもちろんのこと、アスクル(明日来る)の名称どおり、午後6時までの注文は翌日に納品する。休日・祝日の配送や指定日に基づく配送により、顧客に確実に商品を届けることにも気を配っている。利用登録料やカタログの代金は無料で、全商品定価の10〜83%引きという、超低価格も実現している。
当然のことだが、流通構造が複雑な時代には、原価に中間マージンが加わり、小売価格は上昇する。その最終的なツケは、これまで消費者が払わされてきた。そうした膠着した業界に、アスクルは風穴を開けた。コストをぎりぎりに絞り、一般の小売店では実現不可能な価格を市場に提示してきた。
また、流通に必要な機能を一本化したうえで、それに携わるメーカー、アスクル、エージェントの3者に明確に割り当てたことにより、それぞれが自らの役割に特化した業務を実践することができ、サービスの質自体が向上したことも見逃せない。
それではここで、参考までに、アスクルにおける通信販売の一連の流れを見てみよう。
顧客開拓は基本的にエージェントが行うことは先に述べたとおりだが、その情報はアスクルのマスター登録センターで一括して管理する。アスクルはその内容に基づいて、顧客にカタログを発送。顧客からの希望の注文はファクスまたはインターネットを通じて受注センターへ届き、すぐさま物流センターが出荷を開始する――と、いたってシンプルである。このシンプルさが、大きなメリットとなって顧客に跳ね返っているのである。
また、アスクルが何よりも重要視しているのが顧客からの意見である。顧客というものは、注文の場合にはファクス、インターネットを利用しても、会社への要望や苦情といった意見は、電話で直接話さないと納得がいかない場合が多い。そこで同社は、問い合わせセンターを設置し、顧客からの連絡のすべてをそこに集約している。寄せられる電話は1日で約7,000〜8,000本。内容は商品に関する意見や要望、配送業者の対応に対する感想などさまざまだ。
現在では、顧客から寄せられるこうした情報を作り手であるメーカーと共有することで、ニーズにより合致した商品を次々と作り出している。小松氏は、そうした意見に耳を傾けてきたからこそ、今のアスクルがあると強調する。
「“常にお客様のために進化していく”ことがアスクルの理念だ。日々寄せられる何千本もの意見が、われわれが進むべき方向性を指し示してくれている」 アスクルが心血を注いで確立したビジネス・モデルが大きな成果を生んでいることは、数字にもしっかりと表れている。売上高は1998年5月決算の106億円から1999年度226億円、2000年度471億円とほぼ年率100%の伸びを記録。経常利益も1998年度から順に2億9,000万円、8億2,000万円、13億9,000万円と順調に推移している。
■課題を克服する信念
だが、現在の地位を得るまでに、アスクルが数多くの課題に直面したのも事実である。前身であるプラスのアスクル事業推進室時代には、顧客へダイレクトに商品を届けるというビジネス手法が、「メーカーの直販会社」と受け取られ、業界から猛反発を受けた。
最大の試練は、商品の低価格化に打って出たときであろう。従来の流通方式では実現できなかった大幅な値下げだけに文具業界の反応には厳しいものがあった。組合から業務の方向性について変更を求められたこともあったという。
また、アスクルがプラスから独立した直後は、規制緩和の波に乗り、豊富な資金力を背景に持つ海外のスーパーストアが続々と国内市場へ進出した時期でもあった。大型店鋪による大量販売によってコストを削減し、低価格を武器に顧客開拓を図るという国内に存在しなかったビジネス手法で人気を博したのは、記憶に新しいところだ。
そうした事態に直面しながらも、アスクルは成長を止めるどころか、成長のテンポをますます加速させてきた。安さを売り物にしていたはずの外資系販売店の中には、撤退するところも出始めている。小松氏はその秘密は“顧客の声”だったと語る。
「確かに我々のやり方が“けしからん”というお叱りは、業界内からもたくさん頂戴した。だが、当社が目指していたのは、ただ安くて早く届けることではなく、真のニーズを確実に提供するためのビジネス・モデルだ。それを末永く育てていきたいと思っていたわけで、そう簡単に変更することはできなかった。また、我々のやり方を支持してくれる多くのお客様がいることも知っていた。だからこそ、思い切った戦略が実践できたのだ。今となって考えてみると、お客様本位のビジネス・モデルだったからこそ、ここまで生き残ってこられたと言える」
何事によらず、新しいことにチャレンジする者には、風当たりが強いのが世の常だ。アスクルに関しても、あらぬウワサやデマが飛び交ったであろうことは想像に難くない。だが、経営トップの強固な信念と、将来を見据えたビジネス・モデル実践への意欲、そしてそれを支持する顧客の声が、アスクルを支えたのである。 従来型の戦略のままでは、どうしても顧客の声は分散してしまい、全体像を把握するのは難しい。それは、顧客の声を聞くという機能をエージェントに任せ切りにした場合でも同じことである。
顧客の声はすべて自分たちが聞く――。その信念が、アスクル・モデルの強みであり、業績のスパイラル・アップを実現するための武器となっているのだ。
■eコマースの先駆者として
以上のようなアスクルの“流通改革”は、eコマースにも大きな影響を与えている。同社は、まだプラスに属していた1996年3月という早い時期からeコマース戦略に着手した。これも、顧客のニーズがきっかけとなっている。国内で初めてIBMの受発注システム「NetCommerce」を採用し、1年後の1997年3月からインターネットによる受発注事業を開始したのである。
以後、同社はeコマース戦略の先駆者らしく、数多くの画期的な取り組みを進めてきた。1998年12月には米ネットパーセプションズと提携し、リアルタイム・リコメンデーション・エンジンを導入。このエンジンは、Amazon.com、CDNOWといった米国の有名サイトに導入されているもので、顧客ごとに専用のポータルを作成し、購入履歴の追跡やデータの分析を行うことで、顧客のニーズに合致した商品やサービスの提供を実現するシステムだ。
また、それと時を同じくして、国内資本の企業として初めて、ヤフーとパートナーシップ契約を締結、同社のサイトからアスクル商品を購入できるシステムを構築した。また、NTTデータオフィスマート(NTTデータ通信、オリックス、ソフトバンクの共同出資会社)との提携により、同社が提供するサービスorderit(オーダーイット)への商品の提供も開始した。さらに、1999年10月からはAOLジャパンのショッピング・チャネル、2000年4月からはNECが運営するビジネス用品取引のためのマーケットプレースにもそれぞれ参加している。
それに加え、先駆者としてのノウハウを生かし、Web関連企業の支援にも積極的にかかわっている。2000年3月には図書館流通センター、日経グループ、富士通など7社が共同運営するオンライン書店「bk1」へ出資したほか、インターネットによる業務支援サービスを提供する新企業「スマートファーム」をソフトバンク・イーコマース、インディゴとの共同出資で設立している。
以上のような先進的な取り組みにより、同社のeコマースによる受注額は1998年度に1億3,000万円だったものが、1999年度には14億3,000万円、2000年度には77億5,000万円へと急速に膨らんでいる。2001年度の売上げとして見込んでいる215億円は、全体の売上げの27%に当たる数字だ。一時はわずか1日のうちにアクセスが5〜10倍にまで跳ね上がり、システムがダウンしてしまうということもあったという。
こうした急成長の背景には、アスクルが通信販売業というeコマースの特性を発揮しやすいビジネス・モデルを持っていることに加え、前述した流通戦略の改革があることは言うまでもない。
■目指すはオープンな“プラットフォーム”
アスクルが目指すeコマースの姿とは、単に自社の商品に関する受発注を受け付けるだけのツールではない。顧客の購買プロセス全体をサポートする“場”である。事業所を対象にしたオンライン専用書店「ASKUL Book Cafe」もそのコンセプトの下に開設された。同社が厳選した約5,000タイトルの書籍や雑誌を東京、大阪、仙台にあるアスクルの物流センターに配備し、本業である事務用品の配送と同じ条件で顧客に届けている。
企業間(B2B)取引市場への取り組みもスタートさせている。1999年12月からは、コンピュータなどのビジネス機器を取り扱う「ASKUL B2B MART」を本格的に展開。このサイトでは、アスクルの主要な顧客である中小企業と、アスクルが取り引きする40社以上の大手コンピュータ機器ベンダーやサービス・プロバイダーとの“橋渡し”をねらっている。
例えば、顧客がeビジネスをスタートさせようとした場合、アスクルはその顧客がPCを導入したいのか、あるいはモバイル通信機器を大々的に導入したいのか、といった希望をヒアリングする。そして、その要望をベンダー側につなぎ、次にベンダー各社の提案を、顧客側に提示するわけだ。大手ベンダーにコネクションを持たない企業でも、アスクルを通せば納得のいく商品を納得のいく価格で手に入れることが可能なのである。まさに、eコマースだからこそ実現する新しいビジネス・モデルだと言えよう 小松氏は、アスクルのビジネス方針を「お客様とメーカーとをつなぐオープンな“プラットフォーム”」と表現する。作り手と買い手の間に立ち、双方にメリットを提供できれば、極端な話、扱う商品は何でもよいわけだ。事実、最近では東京海上とパートナーシップ契約を交わし、中小企業向けの事業所保険の提供をスタートさせている。
インターネットの普及によって、売り手と買い手との間の情報格差はなくなった。それどころか、最近ではむしろ、買い手のほうが情報を多く握り、売り手を選ぶ時代に入っている。アスクルが目指すのは、その双方の情報を円滑に交換し、最適な商談ができる場を提供し、顧客の売買活動のプロセスをサポートすることなのだ。その意味で、アスクルのeコマース戦略は第2ステージに入ったとも言える。
「当社のこれまでのeコマース戦略は、通信販売という本業をサポートする色合いが強かった。今後は、インターネット上でしかできない、独自のビジネス・モデルを作り上げていきたい」と、小松氏。
アスクルが、「事務用品の通信販売業」から、「オンラインによる総合サービス業」へと変貌する日は、そう遠くないかもしれない。
eコマースの世界を変えるアスクル・モデル
■伝統の枠組みから脱却
文具や事務用品と言えば、だれでも目にしたことがあり、また利用する機会も多い商品である。このような、それほど“珍しくない”商品を顧客に提供しながら、躍進を続けているのがアスクルである。同社の2001年度売上高予測は約800億円、そのうちeコマース・サイトでの売上げは215億円に上るという。同社のeコマースを支えているのは、従来の伝統的な業界戦略にとらわれない自由なビジネス・モデルである。
アスクルの母体となったのは1993年、文具・事務用品メーカーのプラスが新規事業として始めたアスクル事業である。命名は、「注文した商品が“明日来る”」というコンセプトに基づいており、店舗や複雑な流通経路を見直すべく通信販売事業を志向していた。1990年代初め、プラスは業界第2位の座にあったが、事業は伸び悩み、業界トップのコクヨには大きく水をあけられていた。その原因が既存の流れのまま脈々と続いていた流通戦略にあると考えたプラスは、新しい流通チャネルを開拓すべく、アスクル事業に打って出たのである。
折しも、バブル経済が崩壊し、売れ筋とそうでない商品にこれまでにない格差が生じていた。また、最盛期には全国で3万店あった小売店が減少に転じるという現実もあった。アスクルの経営戦略を統括する執行役員の小松廣之氏は、「従来の卸、小売りというかたちの流通チャネルでは、効率化の視点が欠けているため、変化する市場のニーズに対応することは難しいと考えていた。われわれの本当のお客様は卸や小売りといった流通業者ではなく、オフィスで働く人々だ。そうした人へ本当の価値を届けるにはどうしたらよいか――。それがアスクルの出発点だった」と当時を振り返る。
メーカーの製品を通信販売で直接顧客に届けるという新事業はこうしてスタートした。それまで当然とされてきた伝統的な販売手法を否定し、それを打破したところにアスクル事業が生まれたわけである。1997年5月、プラスから正式に分社独立。顧客の求める幅広い商品をメーカーから仕入れて提供する総合的な「購買代理業」としての地位を確立し、加速度的に業績を伸ばしていくのである。
■流通の贅肉を削ぐ
それでは、業界で「アスクル・モデル」と呼ばれるアスクル独特の流通戦略とは、どのようなものであろうか。その最大の特徴は、従来の流通チャネルを一度すべて白紙に戻し、新たにエージェント(代理店)制度を導入したことである。チャネルの中にある無駄な贅肉を削ぎ落とし、スリムでフットワークのよい流通構造を構築したわけだ。
文具・事務用品は長い歴史を持つ業界である。そのため、メーカーと顧客との間には、1次卸/2次卸/小売りが厳然と介在し、旧態依然とした流通体系が確立されていた。そしてそうした体系が、無駄な機能を多く抱えることにつながっていたのである。当時のチャネルにおけるそれぞれの役割を考えてみると、メーカーは製造・在庫管理・ 営業・配送、1次卸/2次卸はそれぞれが仕入れ・在庫管理・営業・配送、小売りは仕入れ・在庫管理・営業・販売という機能を持っていた。一目で気づくほど、重複した機能が多かったわけだ。
アスクルでは、この重複した機能を徹底的に一本化している。具体的に言えば、製造はメーカーに任せ、商品の仕入れ・在庫・配送・顧客サポートはすべてアスクルが担当する。そして、顧客開拓と代金回収という機能はエージェントに依託しているのである。
エージェントとして機能するのは全国各地に根を下ろす小売業者など約1,500社。だが、従来の“小売り”の概念を踏襲したわけではない。新規顧客の開拓と、代金回収の業務に関しては、その地域の実情や市場の特性をよく知る業者に任せたほうが効率的であるという確固たる信念に基づいているのだ。
地方に本拠を置く業者であれば、その地方の顧客の業務形態がよく見える。東京からアスクル自身がダイレクト・メールなどによって顧客を開拓するよりはるかに大きな成果が見込めるのだ。また、代金をエージェントが回収すれば、その地域での売上げや回収率がきめ細かに把握でき、顧客開拓のための重要な資料ともなる。
こうしたアスクル・モデルは、ややもすると、従来の販売チャネルから卸業者という中間階層を省いた“中抜き”の流通戦略にも見えるが、小松氏はそうした見方をきっぱりと否定する。
「当社では、流通を機能重視の姿勢でとらえてきた。まず、“お客様にとって魅力的な商品を届けるためにはどのような機能が必要か”を考え、次に“その機能を誰が担当するのが効率的か”ということでエージェント制を編み出した。“役者ありき”という業者重視の姿勢であれば、このモデルは実現できなかっただろう。アスクル・モデルは、外見上は従来の流通構造と似ているところがあるかもしれないが、その成り立ち、DNAはまったく別物と言える」
■顧客の声が示す方向性
アスクルが、顧客に対して提供するメリットは、「迅速かつ確実、そして低価格」である。この3つのメリットは、前述した流通構造の見直しのたまものと言えるだろう。ファクス、インターネットによる24時間の受注体制の確立はもちろんのこと、アスクル(明日来る)の名称どおり、午後6時までの注文は翌日に納品する。休日・祝日の配送や指定日に基づく配送により、顧客に確実に商品を届けることにも気を配っている。利用登録料やカタログの代金は無料で、全商品定価の10〜83%引きという、超低価格も実現している。
当然のことだが、流通構造が複雑な時代には、原価に中間マージンが加わり、小売価格は上昇する。その最終的なツケは、これまで消費者が払わされてきた。そうした膠着した業界に、アスクルは風穴を開けた。コストをぎりぎりに絞り、一般の小売店では実現不可能な価格を市場に提示してきた。
また、流通に必要な機能を一本化したうえで、それに携わるメーカー、アスクル、エージェントの3者に明確に割り当てたことにより、それぞれが自らの役割に特化した業務を実践することができ、サービスの質自体が向上したことも見逃せない。
それではここで、参考までに、アスクルにおける通信販売の一連の流れを見てみよう。
顧客開拓は基本的にエージェントが行うことは先に述べたとおりだが、その情報はアスクルのマスター登録センターで一括して管理する。アスクルはその内容に基づいて、顧客にカタログを発送。顧客からの希望の注文はファクスまたはインターネットを通じて受注センターへ届き、すぐさま物流センターが出荷を開始する――と、いたってシンプルである。このシンプルさが、大きなメリットとなって顧客に跳ね返っているのである。
また、アスクルが何よりも重要視しているのが顧客からの意見である。顧客というものは、注文の場合にはファクス、インターネットを利用しても、会社への要望や苦情といった意見は、電話で直接話さないと納得がいかない場合が多い。そこで同社は、問い合わせセンターを設置し、顧客からの連絡のすべてをそこに集約している。寄せられる電話は1日で約7,000〜8,000本。内容は商品に関する意見や要望、配送業者の対応に対する感想などさまざまだ。
現在では、顧客から寄せられるこうした情報を作り手であるメーカーと共有することで、ニーズにより合致した商品を次々と作り出している。小松氏は、そうした意見に耳を傾けてきたからこそ、今のアスクルがあると強調する。
「“常にお客様のために進化していく”ことがアスクルの理念だ。日々寄せられる何千本もの意見が、われわれが進むべき方向性を指し示してくれている」 アスクルが心血を注いで確立したビジネス・モデルが大きな成果を生んでいることは、数字にもしっかりと表れている。売上高は1998年5月決算の106億円から1999年度226億円、2000年度471億円とほぼ年率100%の伸びを記録。経常利益も1998年度から順に2億9,000万円、8億2,000万円、13億9,000万円と順調に推移している。
■課題を克服する信念
だが、現在の地位を得るまでに、アスクルが数多くの課題に直面したのも事実である。前身であるプラスのアスクル事業推進室時代には、顧客へダイレクトに商品を届けるというビジネス手法が、「メーカーの直販会社」と受け取られ、業界から猛反発を受けた。
最大の試練は、商品の低価格化に打って出たときであろう。従来の流通方式では実現できなかった大幅な値下げだけに文具業界の反応には厳しいものがあった。組合から業務の方向性について変更を求められたこともあったという。
また、アスクルがプラスから独立した直後は、規制緩和の波に乗り、豊富な資金力を背景に持つ海外のスーパーストアが続々と国内市場へ進出した時期でもあった。大型店鋪による大量販売によってコストを削減し、低価格を武器に顧客開拓を図るという国内に存在しなかったビジネス手法で人気を博したのは、記憶に新しいところだ。
そうした事態に直面しながらも、アスクルは成長を止めるどころか、成長のテンポをますます加速させてきた。安さを売り物にしていたはずの外資系販売店の中には、撤退するところも出始めている。小松氏はその秘密は“顧客の声”だったと語る。
「確かに我々のやり方が“けしからん”というお叱りは、業界内からもたくさん頂戴した。だが、当社が目指していたのは、ただ安くて早く届けることではなく、真のニーズを確実に提供するためのビジネス・モデルだ。それを末永く育てていきたいと思っていたわけで、そう簡単に変更することはできなかった。また、我々のやり方を支持してくれる多くのお客様がいることも知っていた。だからこそ、思い切った戦略が実践できたのだ。今となって考えてみると、お客様本位のビジネス・モデルだったからこそ、ここまで生き残ってこられたと言える」
何事によらず、新しいことにチャレンジする者には、風当たりが強いのが世の常だ。アスクルに関しても、あらぬウワサやデマが飛び交ったであろうことは想像に難くない。だが、経営トップの強固な信念と、将来を見据えたビジネス・モデル実践への意欲、そしてそれを支持する顧客の声が、アスクルを支えたのである。 従来型の戦略のままでは、どうしても顧客の声は分散してしまい、全体像を把握するのは難しい。それは、顧客の声を聞くという機能をエージェントに任せ切りにした場合でも同じことである。
顧客の声はすべて自分たちが聞く――。その信念が、アスクル・モデルの強みであり、業績のスパイラル・アップを実現するための武器となっているのだ。
■eコマースの先駆者として
以上のようなアスクルの“流通改革”は、eコマースにも大きな影響を与えている。同社は、まだプラスに属していた1996年3月という早い時期からeコマース戦略に着手した。これも、顧客のニーズがきっかけとなっている。国内で初めてIBMの受発注システム「NetCommerce」を採用し、1年後の1997年3月からインターネットによる受発注事業を開始したのである。
以後、同社はeコマース戦略の先駆者らしく、数多くの画期的な取り組みを進めてきた。1998年12月には米ネットパーセプションズと提携し、リアルタイム・リコメンデーション・エンジンを導入。このエンジンは、Amazon.com、CDNOWといった米国の有名サイトに導入されているもので、顧客ごとに専用のポータルを作成し、購入履歴の追跡やデータの分析を行うことで、顧客のニーズに合致した商品やサービスの提供を実現するシステムだ。
また、それと時を同じくして、国内資本の企業として初めて、ヤフーとパートナーシップ契約を締結、同社のサイトからアスクル商品を購入できるシステムを構築した。また、NTTデータオフィスマート(NTTデータ通信、オリックス、ソフトバンクの共同出資会社)との提携により、同社が提供するサービスorderit(オーダーイット)への商品の提供も開始した。さらに、1999年10月からはAOLジャパンのショッピング・チャネル、2000年4月からはNECが運営するビジネス用品取引のためのマーケットプレースにもそれぞれ参加している。
それに加え、先駆者としてのノウハウを生かし、Web関連企業の支援にも積極的にかかわっている。2000年3月には図書館流通センター、日経グループ、富士通など7社が共同運営するオンライン書店「bk1」へ出資したほか、インターネットによる業務支援サービスを提供する新企業「スマートファーム」をソフトバンク・イーコマース、インディゴとの共同出資で設立している。
以上のような先進的な取り組みにより、同社のeコマースによる受注額は1998年度に1億3,000万円だったものが、1999年度には14億3,000万円、2000年度には77億5,000万円へと急速に膨らんでいる。2001年度の売上げとして見込んでいる215億円は、全体の売上げの27%に当たる数字だ。一時はわずか1日のうちにアクセスが5〜10倍にまで跳ね上がり、システムがダウンしてしまうということもあったという。
こうした急成長の背景には、アスクルが通信販売業というeコマースの特性を発揮しやすいビジネス・モデルを持っていることに加え、前述した流通戦略の改革があることは言うまでもない。
■目指すはオープンな“プラットフォーム”
アスクルが目指すeコマースの姿とは、単に自社の商品に関する受発注を受け付けるだけのツールではない。顧客の購買プロセス全体をサポートする“場”である。事業所を対象にしたオンライン専用書店「ASKUL Book Cafe」もそのコンセプトの下に開設された。同社が厳選した約5,000タイトルの書籍や雑誌を東京、大阪、仙台にあるアスクルの物流センターに配備し、本業である事務用品の配送と同じ条件で顧客に届けている。
企業間(B2B)取引市場への取り組みもスタートさせている。1999年12月からは、コンピュータなどのビジネス機器を取り扱う「ASKUL B2B MART」を本格的に展開。このサイトでは、アスクルの主要な顧客である中小企業と、アスクルが取り引きする40社以上の大手コンピュータ機器ベンダーやサービス・プロバイダーとの“橋渡し”をねらっている。
例えば、顧客がeビジネスをスタートさせようとした場合、アスクルはその顧客がPCを導入したいのか、あるいはモバイル通信機器を大々的に導入したいのか、といった希望をヒアリングする。そして、その要望をベンダー側につなぎ、次にベンダー各社の提案を、顧客側に提示するわけだ。大手ベンダーにコネクションを持たない企業でも、アスクルを通せば納得のいく商品を納得のいく価格で手に入れることが可能なのである。まさに、eコマースだからこそ実現する新しいビジネス・モデルだと言えよう 小松氏は、アスクルのビジネス方針を「お客様とメーカーとをつなぐオープンな“プラットフォーム”」と表現する。作り手と買い手の間に立ち、双方にメリットを提供できれば、極端な話、扱う商品は何でもよいわけだ。事実、最近では東京海上とパートナーシップ契約を交わし、中小企業向けの事業所保険の提供をスタートさせている。
インターネットの普及によって、売り手と買い手との間の情報格差はなくなった。それどころか、最近ではむしろ、買い手のほうが情報を多く握り、売り手を選ぶ時代に入っている。アスクルが目指すのは、その双方の情報を円滑に交換し、最適な商談ができる場を提供し、顧客の売買活動のプロセスをサポートすることなのだ。その意味で、アスクルのeコマース戦略は第2ステージに入ったとも言える。
「当社のこれまでのeコマース戦略は、通信販売という本業をサポートする色合いが強かった。今後は、インターネット上でしかできない、独自のビジネス・モデルを作り上げていきたい」と、小松氏。
アスクルが、「事務用品の通信販売業」から、「オンラインによる総合サービス業」へと変貌する日は、そう遠くないかもしれない。
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